当時の東京は、ハンバーガー用の丸パンさえ焼いてくれるところが無い時代だった。
その為、創業当時は耳を落とした食パンがバンズとして代用されていた。
つまり、日本で最初のハンバーガーは四角い形をしていたのである。

バンズが丸くなったのはそれから1年以上経ってからのこと。
「一番東京ハンバーガー」の名は、ハンバーガーショップ最老舗の誇りと共に、メニューの一番最初を飾る項目として輝き続けた。
当初のお客は圧倒的にGIが中心だったが、次第にアメリカに憧れを抱く日本の若者が出入りするようになる。
“太陽族”から“六本木族”へと、ルンバやマンボからツイストへと、変わり行く時代の遊び人たちがこの店のドアを開けた。
10個のハンバーガーをまとめてたいらげてしまう力道山のエピソードを筆頭に、様々な有名人の逸話もこの店の隅々に染み込んでいる。

また、ベトナム戦争の時代には、帰休で日本に滞在していたアメリカ兵が、この店の味に母国を懐かしんだ。
ハンバーガーの向こうにカントリーを思い出すアメリカ青年。
その背後の窓ガラスには、目まぐるしく高度経済成長を遂げる日本の姿、東京タワーのお膝元、六本木の街が広がっていた。
戦後日本の象徴として走り続けてきた街・六本木で、ザ・ハンバーガーインは全ての人の記憶と共に残る伝説の店だったのである。